「結婚が決まったんだ」と友人や職場の人に伝えると、返ってくる言葉はだいたい決まっています。
「おめでとう! で、式はいつやるの?」
まるで「結婚=結婚式」がワンセットであるかのように、当然の流れとして質問されます。そのたびに心のどこかで「あれ、そういうものなんだっけ?」とモヤモヤした経験はありませんか。
もしあなたが今、そんな引っかかりを抱えているなら、安心してください。あなたの感覚は少しもおかしくありません。それどころか、時代のど真ん中を歩いている感覚だと言えます。
というのも、今の日本では結婚式を挙げない、いわゆる「ナシ婚」を選ぶカップルが、もはや例外ではなくなっているからです。
マイナビウエディングの「2024年 結婚・結婚式の実態調査」によると、結婚式を行った、もしくは行う予定のカップルはおよそ6割。裏を返せば、約4割のカップルが結婚式をしないという選択をしていることになります。
さらに別の調査では、もっとはっきりした数字が出ています。100組のカップルを対象にしたアンケートでは「挙げない」と答えた人が最多の42%。「検討中」と「挙げる予定」がそれぞれ30%前後という結果でした。この「検討中」の中から、後になって「やっぱりやめよう」と判断する人が出てくることを考えれば、実質的には半数近くが結婚式をしない方向に流れていると見ることもできます。
マイナビウエディングが2023年に行った調査でも、45.3%のカップルが「挙げない」と回答しており、複数の調査がほぼ同じ傾向を示しています。つまりこれは、一つの調査だけの偏った数字ではないということです。
かつては、まったく違いました。2019年までの結婚式の実施率はおよそ80%。ほとんどの夫婦が、当たり前のように式を挙げていた時代です。ところがコロナ禍を境に状況は一変し、実施率は大きく落ち込みました。そして注目すべきは、その後もコロナ前の水準まで戻っていないという点です。
ここに、この問題の本質が隠れています。
コロナは「きっかけ」であって「原因」ではなかった

多くの人は「ナシ婚が増えたのはコロナのせいでしょ」と考えます。確かにきっかけはそうでした。集まれない、開けない、延期するしかない。物理的に式ができない時期があったのは事実です。
けれども、もしコロナだけが原因なら、制限が解けた今、実施率は元通りに戻っているはずです。ところが戻っていない。ここが決定的に重要なポイントです。
何が起きたのでしょうか。
答えはシンプルです。多くのカップルが、一度立ち止まって考える時間を持ったのです。
「そもそも結婚式って、本当に必要だったんだっけ?」
そう問い直したとき、「いや、別になくてもいいのでは」と答えた人が、想像以上に多かった。コロナは、これまで誰も疑わなかった前提に、疑問を投げかけるきっかけを与えただけなのです。
一度立ち止まって考えてしまうと、もう元には戻れません。なぜなら、「なんとなくやるもの」だったはずのものが、「本当に必要かどうかを判断する対象」に変わってしまったからです。
これは、時計の針が逆に回らないのと同じことです。だからこそ、ナシ婚は一時的な流行ではなく、構造的な変化として定着しつつあるのです。
そもそも結婚式は、何のために生まれたのか

「結婚式をやるのが普通」という感覚は、どこから来たのでしょうか。それを理解するには、結婚式が生まれた背景まで、いったんさかのぼる必要があります。
驚くかもしれませんが、昔の結婚式には、極めて実用的で切実な理由がありました。ロマンチックな理由ではありません。むしろ、生活と財産に直結した、現実的な必要性があったのです。
戸籍のない時代、結婚式は「唯一の証明書」だった
古代から中世にかけて、結婚は恋愛の結果ではありませんでした。
主な目的は、財産を守ること、血統を継ぐこと、相続関係を整理すること、そして労働力を確保すること。ヨーロッパでも日本でも、結婚の主役は当人同士ではなく「家」でした。個人と個人が愛し合って結ばれる、という現代的なイメージとは、まったく別物だったのです。
そしてここが最大のポイントです。
当時は戸籍もマイナンバーも、住民票すらありませんでした。「この二人は正式な夫婦です」と証明する公的な仕組みが、どこにも存在しなかったのです。
では、どうやって証明したのか。
答えは「大勢の人の前で宣言する」でした。村中の人が見ている前で儀式を行えば、その場にいた全員が証人になります。「あの二人は夫婦だ」と地域全体が認識する。その共通認識こそが、唯一の証明だったわけです。
つまり結婚式は、現代でいう婚姻届の役割を、儀式が肩代わりしていたということになります。式を挙げなければ、相続も財産分与も、子どもの正統性も曖昧になってしまう。だから式は「やった方がいいもの」ではなく「やらなければ困るもの」だったのです。
国家が「証明」を引き受けた瞬間、式の大黒柱は消えた
やがて時代が進み、国家が戸籍制度を整備します。ここで状況が根本から変わりました。
今の日本では、婚姻届を役所に提出した瞬間に、法的には正式な夫婦になります。教会で愛を誓う必要も、神社で三三九度を交わす必要も、法律上はまったくありません。紙一枚で完結するのです。
これが何を意味するか、はっきりさせておきましょう。
結婚式がかつて担っていた最も重要な機能、つまり「公的な証明」は、すでに国家が完全に代わりを務めています。存在理由の大黒柱が、近代の時点で抜け落ちていたのです。
にもかかわらず、儀式そのものは残りました。理由は「慣習だから」「みんなやっているから」。本来の目的が失われた後も、形式だけが惰性で受け継がれてきたわけです。
家に例えるなら、柱を抜いたのに、屋根と壁だけがそのまま立っているような状態です。よく見れば不思議な光景なのですが、あまりに当たり前の風景になっているため、誰も疑問に思わなくなっていた——それが「結婚式は当然やるもの」という感覚の正体です。
残っていた機能も、次々と役目を終えつつある

「でも、証明以外にも意味はあるでしょう?」
そう思われるかもしれません。おっしゃる通りです。結婚式には他にもいくつかの機能が残っていました。ただ、それらも現代では一つずつ、役割を手放しつつあります。順番に見ていきましょう。
機能その1:親族・友人が集まる「社交の場」として
昔は、親戚や旧友が一堂に会する機会そのものが貴重でした。交通手段も限られ、連絡を取ること自体が一苦労だった時代です。結婚式は、顔合わせや関係づくりの絶好のチャンスであり、いわば地域社会のメンテナンス作業でもありました。
しかし今はどうでしょう。LINE、SNS、ビデオ通話。近況を伝え合う手段はいくらでもあります。遠方の親戚とも、その気になればいつでも顔を見て話せます。
数百万円をかけて全員を一か所に集めなくても、つながりは十分に保てる。この現実は、無視できません。
機能その2:親への報告として
これは、今でも一定の意味を持っています。「子どもの晴れ姿を見たい」と願う親世代は、確かに多いからです。
ただし、冷静に考えてみてください。それは「結婚式をしないと親に報告できない」という話ではありません。
家族だけの食事会を開く。フォトウェディングで写真だけ残す。実家に二人で出向いて挨拶する。報告のかたちは、いくらでもあります。実際、こうした「小さく、でも心のこもった報告」を選ぶカップルは年々増えています。
さらに一歩踏み込むなら、親が子の結婚のかたちに強く干渉すること自体、「家」という古い枠組みを前提とした感覚だという点も、知っておいて損はありません。もちろん親の気持ちを大切にすることと、親の要望をそのまま受け入れることは、別の話です。
機能その3:心理的な「コミットメント効果」
大勢の前で誓うと「自分は結婚したんだ」という自覚が強まる。これは心理学的にも説明のつく、実在する効果です。
ただし、その自覚を得るために、必ず盛大な式が必要なわけではありません。二人だけで指輪を交換する、記念日を決めて毎年振り返る、共同の目標を紙に書いて共有する。覚悟を形にする方法は、他にもたくさんあります。
こうして一つずつ見ていくと、ある事実が浮かび上がります。
結婚式に残っていた機能の多くは、技術と社会の変化によって、すでに他の手段で代替できるようになっている。「絶対に結婚式でなければならない理由」は、もうほとんど残っていないのです。
数字で見る現実——「普通」に従うと、いくら消えるのか

ここからは、最も現実的で、そして最も見過ごされがちな話をします。お金の話です。
「ゼクシィ結婚トレンド調査2024」によれば、挙式・披露宴にかかる費用総額の平均は343.9万円。前年の調査から16.8万円も増加しています。物価上昇の影響もあり、金額はむしろ膨らむ傾向にあります。
しかも、これは挙式と披露宴だけの金額です。
同じ調査によると、婚約から新婚旅行まで、結婚全体にかかる費用は平均で454.3万円。そのうち結婚式費用が約75%を占め、断トツで最大の支出項目となっています。
この構造は、非常に重要なことを教えてくれます。
つまり、結婚式をやめるという判断ひとつで、結婚にまつわる出費の大半を一気に削減できるということです。他のどこを節約するより、圧倒的に効果が大きい。
「でも、ご祝儀があるから自己負担はそこまでではないのでは?」
そう思う方もいるでしょう。確かにご祝儀は入ります。しかし現実の数字はこうです。挙式・披露宴におけるカップルの自己負担額の平均は161.3万円。ご祝儀を差し引いてもなお、160万円以上が手元から消えていく計算になります。
この160万円で、何ができるでしょうか
ここで少しだけ、想像してみてください。
もし手元に160万円あったとしたら、あなたたちは何に使いたいでしょうか。
- 新居の頭金の一部に充て、毎月のローン負担を軽くする
- 二人で憧れていた国へ、時間を気にしない長期旅行に出かける
- 将来生まれる子どものために、教育資金として積み立てておく
- インデックス投資などに回し、資産形成の第一歩を踏み出す
どれも、あなたたちの未来を確実に、そして長期的に豊かにする使い道です。特に投資に回した場合、仮に年利3%で20年運用すれば、160万円は約290万円になります。何もしなければ、一日で消える金額です。
もちろん、心から望んで挙げる結婚式には、金額に代えられない価値があります。一生忘れられない一日になる人も、大勢います。それを否定するつもりは一切ありません。
問題なのは、「普通だから」「親がそう言うから」「みんなやっているから」という理由だけで、160万円を手放してしまうことです。それは思考を止めたまま大金を差し出しているのと、実質的に同じではないでしょうか。
ナシ婚を選ぶ人は、決して「ケチ」ではない
ここは強調しておきたい点です。
ナシ婚を選ぶ人の判断は、極めて理にかなっています。今の若い世代は、実質賃金の停滞、住宅価格の高騰、教育費への不安といった、重い現実に直面しています。
そんな中で「式にかける数百万円を、自分たちの生活基盤に回したい」と考えるのは、ケチでも愛情不足でもありません。むしろ、限られた資源をどこに配分すれば人生全体の満足度が高まるかを、冷静に判断できているということです。
これを賢明と呼ばずに、何と呼ぶのでしょうか。
「結婚しなければならない」という思い込みからも自由になる

ここまで結婚式の話をしてきましたが、もう一歩だけ踏み込んでみましょう。
「そもそも、結婚しなければならないのか」という問いです。
かつて結婚は、生きるための現実的な戦略でした。家事と労働を分担する生活単位であり、老後を支える保障であり、社会で一人前と認められるための条件でもありました。未婚のままでは、生活そのものが成り立ちにくかったのです。
だから「結婚しなければならない」という考えには、当時なりのれっきとした根拠がありました。それは決して、意味のない押しつけではなかったのです。
しかし、現代はどうでしょうか。
一人暮らしのインフラは整い、性別に関係なく働ける環境が広がり、金融サービスも個人単位で自由に使えます。結婚しなくても、十分に自立した人生を送れる時代になりました。「全員が結婚しなければならない」という必然性は、大幅に薄れています。
社会学では、この変化を**「脱標準化」**と呼びます。難しい響きですが、意味はシンプルです。
「人生の正解ルートが、もう一つではなくなった」ということ。
進学して、就職して、結婚して、家を買って、子どもを育てて——という単一のモデルが、唯一の正解ではなくなった。それだけのことです。
そして興味深いことに、この変化は結婚する当事者たちの意識にも、はっきり現れています。
ゼクシィ結婚トレンド調査2024では、「結婚式の内容は、定番やしきたりにとらわれず、二人の価値観に合った自由なやり方をすればよい」「ジェンダーにとらわれず、自由に望む生き方を選択できる」と考える割合が、それぞれ約9割に達しています。
9割です。
もはや「自由に選んでいい」という考え方こそが、新しい「普通」になりつつあるのです。
「結婚しなければ一人前ではない」 「結婚式を挙げてこそ一人前」
こうした言葉は、先人たちが時代の必要に迫られて作り上げた価値観です。当時は機能していたのでしょう。しかし土台となる社会構造が変わった今、それを無批判に受け継ぐ理由は、どこにもありません。
明日ではなく、今日から始めてほしい3つのこと

ここまで読んでくださったあなたに、最後にお願いしたいことがあります。
それは「みんながやっているから」という理由だけで、人生の大きな決断を下すのをやめてみる、ということです。
もう一度、整理しましょう。
- 結婚式を挙げない人は、すでに4割を超えている
- 結婚式の本来の機能である「公的証明」は、国家がとっくに代替している
- たった一日のために、160万円以上の自己負担が発生する
- 当事者の約9割が「自由に選んでいい」と考えている
これらを知った今、あなたにはもう「普通だから」と思考を止める理由がありません。
ただし、誤解しないでください。この記事は「結婚式をやめるべき」と言っているのではありません。伝えたかったのは、やるにせよ、やらないにせよ、自分たちの頭で考えて選んでほしいということ、ただそれだけです。
心から望んで挙げる式は、間違いなく素晴らしいものです。問題は「望んだかどうか」を一度も検討しないまま進んでしまうことなのです。
そこで、今日からできる具体的な行動を3つ、提案させてください。
1. 今夜、パートナーに3つの質問を投げかける
難しく考える必要はありません。夕食のときにでも、こう聞いてみてください。
- 「私たちにとって、結婚式って本当に必要かな?」
- 「もし式をやめたら、その分のお金で何をしたい?」
- 「親には、どんなかたちで報告するのがいいだろう?」
この3つを話すだけで、二人の価値観がどこにあるのか、驚くほどはっきり見えてきます。
2. 「3つのものさし」で気持ちを書き出す
紙とペンを用意して、二人それぞれが自由に書いてみましょう。
お金のものさし——160万円を式に使いたいか、他に使いたいか 感情のものさし——ドレスを着たいか、みんなに祝われたいか、本音はどうか 関係のものさし——親、親族、友人との関係にどう影響するか
大切なのは、頭の中だけで考えないことです。書き出すと、思っていたことと本当の気持ちが違っていた、という発見がよく起こります。
3. 「やる/やらない」の二択から抜け出す
最後に、最も見落とされがちな視点です。
選択肢は、盛大な披露宴か、何もしないか、の二つだけではありません。
家族だけの少人数ウェディング。写真だけ残すフォトウェディング。レストランでの食事会。海外での二人だけの挙式。オンラインでの中継。組み合わせは無限にあります。
「どちらか」ではなく「どんなかたちが私たちらしいか」。この問いに切り替えた瞬間、選択肢は一気に広がります。
あなたの結婚を、本当にあなたたちのものにするために
伝統や慣習という名の空気に流されるのではなく、合理性と、そして何より「自分たちの幸せ」を物差しにして選ぶ。
それができたとき、あなたの結婚は、式をするかしないかにかかわらず、初めて本当の意味であなたたち自身のものになります。
周囲の声でも、親の期待でも、SNSに並ぶきらびやかな写真でもなく、あなたたち二人の価値観を基準にしてください。
その第一歩は、決して大げさなものではありません。今夜、パートナーに一言たずねてみるだけです。
「ねえ、結婚式ってさ、私たちには本当に必要だと思う?」
その会話が、二人の人生をより確かなものにする、大切な出発点になるはずです。


